セゲルスタム スペシャルトーク 2

指揮者レイフ・セゲルスタムが語る

2月12日、13日公演に寄せて

2月6,7日はシベリウスの曲をいろいろお届けしましたが、12,13日はワーグナーの曲を特集します。加えてセゲルスタムの世界初演曲である自由な可能性を持った曲と、交響曲の父・ハイドンのトランペット協奏曲を演奏します。

 小編成で構成されたオーケストラがトランペットの伴奏をしますが、ワーグナーの曲でもセゲルスタムの曲でも、トランペットがとても重要な役目を果たします。例えば楽劇〈トリスタンとイゾルデ〉の前奏曲では、クライマックスでトランペットがトリスタンのテーマとしてワーグナー的暗雲を投げかけた後に、"愛の死"がやってきます。
指揮者レイフ・セゲルスタム 私はここで、あり得ないというようなことをやってみたいのです。あなたが図書館に本を借りに行って、「おや、おもしろそうな本だな。どんな出だしで、どう終わるんだろう」と思ったとします。全部読むほどの時間はないのですが、前奏曲(本では前書きでしょうか)がある程度どんな内容か暗示してくれます。そこでどんなドラマが繰り広げられるか想像できるわけです。そして終曲(これは後書きですね)を読めば、直観的無意識の領域、あるいは想像で、本の内容をつかむことができるわけです。
これと同じことが、ワーグナーが書いた〈トリスタンとイゾルデ〉の前奏曲の愛と死のテーマにおいてだけでなく、〈マイスタージンガー〉前奏曲でも起こります。〈マイスタージンガー〉の前奏曲には、この長大なオペラのすべてエッセンスが詰め込まれているからです。ワーグナーの多声音楽のすばらしさは、このみごとな前奏曲でいかんなく発揮されています。すべての要素が、ワーグナーの時代の音楽理論に沿って、実に巧みに構成され描かれているのです。

 しかし、その後に反逆的とも言える衝撃が待ち受けています。つまり、セゲルスタムの自由な可能性を持った曲のことを言っているのです。自分の作品を他人事のように言っていますが、私はよい意味で分裂的な性格を持った人間で、指揮者であると同時に作曲家でもあります。指揮者としてお話しするときには、作曲家としての自分を外から見ているのです。ただし気をつけなければいけないのは、同時に2人の人格であるということは、いつも2人分の朝御飯を食べなければいけませんし、それでこんなに太ってしまっても言いわけができないということなのです。まあ、サンタクロースの兄弟と思われるのは、フィンランドの指揮者としては悪い気分ではありませんけれどもね。
さて、そういうわけでセゲルスタムの交響曲198番〈Spring or Winter, Winter or Spring〉の話をします。

 東京とヘルシンキの間を振れるような振り子、あるいは日本とフィンランドを振れる振り子を想像してみてください。こちらの国では春のときに、別のところでは冬であったり、あるいはその反対だったり、ということもあり得ることです。日本で暖冬が続いているときに、フィンランドでは幻想的な白夜の季節に差しかかっているというような極端なことも起こります。自然の極端さこそ、北欧圏の、フィンランドのアーティストたち、そして私自身のインスピレーションの源なのでしょう。しかし創造性に関しては、私は今は孤立無援ではありません。読売日本交響楽団の団員たちがついています。私はただ調子さえ指示していれば、作品の最終的なテンポや音楽の機能は、演奏の中でこれらの音楽家たちがつくり上げてくれます。

 実際のところ、演奏者たちそれぞれの解釈が曲の表面に浮かび上がって音楽を進行していくのです。演奏者たちは即興を好まない傾向があります。どんなトーンで演奏したらいいか、よくわからないと言います。しかし、それを決めることこそが演奏家の役割ではないでしょうか。どんな新しい曲を演奏するときでも、演奏家たちはその曲に合わせた音色なりスタイルなりを選択し、おのおのの指揮者の性格ややり方に合わせていくわけです。同僚の演奏にも溶け込もうとするでしょうし、楽器の可能性にも挑戦しなければなりません。ですから、演奏家たちは指揮者の選択した調子に従って、できる限りの創作を毎日のように行っているわけです。私は音楽のこの側面をこそ拡大して、即興的な自由な音楽をつくっていきたいのです。
演奏家たちは、セゲルスタムの指定した調子で、五線もなく小節の区切りもない楽譜をたどっていきます。この交響曲では、6個の音楽の固まりがあります。指揮者は通常の指揮をするのではなくて、さて、第1グループ始めて、そこで第2グループ、よし、そこで締めにかかるぞという調子で、壇上で指揮をとるというよりも、楽団員おのおのが自分の演奏を指揮しながら演奏します。ここで生み出される音というのは、指揮者のジェスチャーの翻訳と言えばいいかもしれません。

 こう話しますと何だか革新的で、とても普通やっているような楽譜の可能性を引き出すような演奏ではないように聞こえますが、実はとてもシンプルなことなのです。シェーンベルクが無調音楽とか12音音楽においてサイの目をもてあそぶように音楽をもてあそんだにしても、小節を維持してがっちりした音楽体系を保持する限り、音楽の可能性はそこで規定されてしまっているということを考えてほしいのです。コンピューターにとらわれているようなものです。

 しかしながら、私の考える自由な可能性の中では、音楽的素材をいま一度好きなように扱える状況が生じると思います。この創造的空間の要となる要素が、いかなるタイミングで音を出すかということです。しかもそのタイミングには永久に限界がないということを言いたいのです。このタイミングでなければいけないということはなく、時間が単に1個の連続性をはかる尺度に過ぎないように、1つのタイミングは別のタイミングに融合することもあり得るのです。

 このやり方を推し進めていけば、未来の音楽では、これまで使ってきた音楽的素材を、新しい角度で使うことができるだろうと思っています。音楽家は、いわば科学的調査の時代から無意識やテレパシーや第六感の領域への踏み石を渡ろうとしているとも言えます。これはまさしく未知の、何もわかっていないまっさらの領域なのです。

 人類が切り開こうとしている新しい領域に貢献できることは、とても楽しいことです。地球をあらわすテラという言葉は、テルに似ていますね。テル、つまり語りかける。地球の自然こそが、音楽的素材をどう使っていけばいいかを語りかけてくれているのです。私たちはその言葉に従っていけばいいわけです。音楽は生命そのものであり、同じく北欧の生んだ作曲であるカール・ニールセンが言うように、交響曲であります。

 私の名前はレイフといいますが、これはライフを意味します。ですから、私たちは生命を演奏します。ただし、この言葉はフィールにも通じますので、ドイツ語のフィールが豊穣であり、英語でも満たすという意味になることを思えば、セゲルスタムの音楽は生命を余すところなく演奏し切るということになればいいと思っています。
 

第523回名曲シリーズ

2010年2月12日(金) 19:00 サントリーホール

指揮:レイフ・セゲルスタム
トランペット=ルベン・シメオ

天才トランペット少年登場!

◆ワーグナー:
 楽劇〈トリスタンとイゾルデ〉から 前奏曲と愛の死
◆ハイドン:
 トランペット協奏曲
◆セゲルスタム:
 交響曲第198番 “Spring or Winter, Winter or Spring” 【世界初演】
◆ワーグナー:
 楽劇〈ニュルンベルクのマイスタージンガー〉から 第1幕への前奏曲

第169回東京芸術劇場名曲シリーズ

2010年2月13日(土) 18:00 東京芸術劇場

指揮:レイフ・セゲルスタム
トランペット=ルベン・シメオ

天才トランペット少年登場!

◆ワーグナー:
 楽劇〈トリスタンとイゾルデ〉から 前奏曲と愛の死
◆ハイドン:
 トランペット協奏曲
◆セゲルスタム:
 交響曲第198番“Spring or Winter, Winter or Spring”【世界初演】
◆ワーグナー:
 楽劇〈ニュルンベルクのマイスタージンガー〉から 第1幕への前奏曲

[2010年2月10日 14:41]

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