(4)W.H.カミングズとその時代

 半地下部分に図書部を設けた南葵楽堂ではあったが、まだ蔵書は少ない。地鎮祭も終わった1917年の春、頼貞が英国から届いた音楽雑誌を繰っていると、カミングズ・コレクションがオークションにかかるという記事が目にとまった。彼は直ちに、留学時の師ネイラーを介して購入を申し入れ、474冊の入手に成功した。以来このコレクションは、今日まで南葵音楽文庫の柱となりつづけている。
 ウィリアム・ヘイマン・カミングズ(1831〜1915)は、英国の音楽教育、教会音楽において重要な役割を果たした。オルガニストも歴任したが、より声楽に関心を持ち、バッハの「マタイ受難曲」演奏において何度もテノール歌手として歌い、後年は宗教音楽の指揮者としても活躍した。生涯を通じてメンデルスゾーンを敬愛し、彼自身の作品にはその影響が顕著に認められるというが、現在では演奏される機会はきわめて乏しい。
 一方、音楽の研究家としては、とくにヘンリー・パーセル研究の基礎的な著作「パーセル」(1881年)によって知られている。ほかに英国国歌、ブロウ、アーンなど英国の音楽家、ヘンデルについて多数の著述を残した。
 カミングズのもうひとつの業績が、古今の音楽資料の収集である。19歳の時に珍しい印刷楽譜を集め始め、50年後の1900年頃には自筆楽譜、筆写楽譜を多数ふくむコレクションの総点数は4500に達し、英国の音楽関係者に広く知られるまでになっていた。
 収書の幅は音楽資料を超え、各種の聖書、典礼書や宗教関連の文献、シェイクスピアや17、18世紀の英文学、歴史書にも及ぶ。またインキュナブラと呼ばれる、グーテンベルクによる活版印刷の創始から1500年に至る約半世紀の間に出版された書物も購入していた。
 カミングズの生きた時代は、ヴィクトリア朝(1837〜1901)にほぼ重なっている。彼の収集は、まずは音楽研究者としての視点から行われ、その時代の愛書趣味や収書マニア、富裕層の間で相次いだ個人図書館の設立と直接つながるものではない。しかしウィリアム・モリスらによる書物の復興やアーツ・アンド・クラフト運動の痕跡は、コレクションにも反映している。その時代に行われた造本や装幀、書物を飾る美しいマーブル紙や精巧な箔押しなど、内容の資料的価値とともに、コレクションの書物そのものがしばしば時代を体現してもいる。
 カミングズは、貴重な資料をオークションなどによる散逸から守るため、1877年に国立の音楽図書館設立の必要姓を説き、その場所として大英博物館を挙げている。ところが40年後の1917年、彼が世を去ってから2年後に、そのコレクションがオークションにかけられることになった。ロット数にして1744点の競売は6日間を要した。そのうち59点がワシントンのアメリカ議会図書館に収まった。一方、徳川頼貞が入手した数は、コレクションが到着した1920年の「南葵文庫報告」には474冊と記載されている。


マーブル紙とW・H・カミングズの蔵書票

カミングズ・コレクションのオークション目録表紙
(1917年、部分)
[2014年4月23日 17:16]

読響チケットセンター

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