(5)F・ヴァインガルトナー《日本の歌》(Op.45) ニューヨーク、1908

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第1曲冒頭部分

 9曲からなる歌曲集。大津皇子、僧正遍昭、和泉式部、静御前らの和歌の独訳(パウル・エンデルリンク Paul Enderling 『日本の小説と詩 Japanische Novellen und Gedichte』(P. Reclam))およびエドワード・オクセンフォードの英訳をテクストにして、各曲はそれぞれ固有の旋法で作曲されている。音楽におけるジャポニズムの一例として、「日本的な」表現を考える上で興味深い作品であろう。
作曲者のフェーリクス・ヴァインガルトナー(1863-1942)は、ベートーヴェン演奏の権威として知られる指揮者であるが、同時に作曲・編曲活動も旺盛で、指揮と作曲の両面における成功を強く望んでいたという。彼は日本の文化に強い関心を抱いており、本作品のほかにも、歌舞伎『菅原伝授手習鑑』の寺子屋の段に基づくオペラ《村の学校 Die Dorfschule》(Op. 64 1920年)など、日本の文学や風物にインスピレーションを受けて作曲した作品を数点残している。
 ヴァインガルトナーが初めて日本を訪れたのは1937年5月7日。世界屈指の名指揮者の来日は、当時日本の音楽界の一大センセーションであった。2か月にわたる滞在期間中に、夫人で指揮の弟子でもあったカルメン・シュトゥーダとともに新交響楽団(現・NHK交響楽団)を率いて国内各地で公演し、好評を博した。またこの時、「ワインガルトナー賞」を設けて日本人の作曲による管弦楽曲を募集。入選した箕作秋吉、大木正夫、早坂文雄、尾高尚忠らは戦中、戦後の日本の音楽を牽引する作曲家となっていった。
 本作品《日本の歌》(Op.45)はブライトコプフ&ヘルテルのニューヨーク支社から1908年に出版された。つまり初来日より30年近く前に書かれた作品ということになる。南葵音楽文庫所蔵の出版譜は、五線譜を和紙に印刷して和綴じで製本した豪奢な装丁であり、タイトル・ページにはヴァインガルトナー直筆のサインが入っている。楽譜の表紙には邦題「日本の歌」とともに菊花紋章が付いており、また所蔵ナンバー(南葵音楽文庫所蔵本は9番)もあることから、小部数の限定版であったと考えられる。本楽譜による演奏は、2008年1月20日東京で行われた。


◆◆参考サイト
南葵音楽文庫所蔵のヴァインガルトナー:《日本の歌》を閲覧する。

[2014年4月23日 17:05]

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