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読響「第九」コンサート

2008年12月24日(水) 19:00開演

会場:東京芸術劇場

指揮:ギュンター・ノイホルト

ソプラノ : 林 正子
メゾ・ソプラノ : 林 美智子
テノール: 中鉢 聡
バリトン : 宮本 益光
合唱 : 新国立劇場合唱

◆ ベートーヴェン/交響曲第9番「合唱付き」

ギュンター・ノイホルト (Günter Neuhold)

 5年前、東京の大規模レコード店の店頭に並べた、CD14枚組の〈リング〉全曲盤100セットが1日で売り切れた――
 という新記録を打ち立てた指揮者、それがノイホルトだ。
 全曲通して聴くと16時間もかかる、とてつもなく長いオペラ、通称〈リング〉。ワーグナーの4部作からなる楽劇の超大作〈ニーベルングの指環〉だ。上演するのに4日間かかるが、劇中に映画音楽やテレビCMなどに使われる「ワルキューレの騎行」や「魔の炎の音楽」「ヴァルハラへの神々の入場」「葬送行進曲」といった、勇壮な名曲が揃い人気が高い。
 CD全曲盤は、カールスルーエのバーデン州立歌劇場で活躍していた音楽総監督ノイホルトの名を世界にとどろかせる、話題性の高いディスクになった。ジョン・ウェーグナー(ヴォータン役)、カルラ・ポール(ブリュンヒルデ役)、ヴォルフガング・ノイマン(ジークフリート役)といった歌劇場の看板歌手を主役級にそろえ、目玉商品の一つとして輸入盤コーナーの棚に破格の廉価札を付け、平積みされたとはいえ、短期間でこれほどの数を売り上げた「リング」全曲盤は他にない。
 CD販売史上でも、まれな記録を残したワーグナー指揮者が今回振るのが、ベートーヴェンの「第九」。ドイツ各地の歌劇場でカペルマイスターとして活躍する指揮者だけに、声楽をまじえた交響曲「第九」を、どのようなドラマに仕立て上げるか、本番が待ち遠しい。
 1947年オーストリア・グラーツ生まれ。69年にグラーツ音大を卒業後、フェラーラとスワロフスキーに師事した。
 76年、フィレンツェ指揮者コンクールに優勝、スワロフスキー指揮者コンクール第2位のコンクール歴を重ね、国際的な知名を得る。
 72年から80年にかけドイツ各地の歌劇場で指揮をとり、後にハノーファーとドルトムントのカペルマイスターとなる。81-86年、パルマのテアトロ・レージョ音楽監督、86-90年、ロイヤル・フランダース管の首席指揮者兼音楽監督、89-95年、バーデン州立歌劇場音楽総監督、95-2002年、ブレーメン州立歌劇場の音楽総監督兼アーティスティック・ディレクターを務めた。
 今年08年、スペインのビルバオ響の音楽監督兼首席指揮者に就任した。     (Y.K.) 

ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調 作品125〈合唱付き〉

作曲:1824年2月頃完成
初演:1824年5月7日、ウィーン

 第4楽章に合唱が登場するベートーヴェン(1770-1827)の交響曲第9番は、日本では年末恒例の行事として広く愛されています。「喜びの歌」として有名なこの最終楽章の歌詞は、ドイツの詩人シラーが1785年に、人類愛と人間の団結による平和をテーマに書いた「歓喜に寄す」という詩をもとにしています。この詩が書かれたのはちょうどフランス革命の4年前にあたり、ドイツではまだまだ封建的な君主政治が強い力を持っていました。シラーの詩は、こうした封建政治に反対して「すべての人間は兄弟になる」という理想を高らかに歌い上げた、たいへん革新的な精神にあふれたものです。
 なお、現在では否定されていますが、初めシラーはこの詩を「自由に寄す」という題にするつもりでしたが、発禁処分を受けるのを恐れて、「自由(Freiheit)」を「歓喜(Freude)」に変えたという説もありました (ちなみに、1989年にベルリンの壁の崩壊を記念して行われた特別演奏会で、バーンスタインは、あえて「歓喜(Freude)」を「自由(Freiheit)」と変えて歌わせています。これも、この詩が「自由」や「平和」のシンボルとなっているからこそと言えるでしょう)。
 シラーがこの詩を書いた頃、ベートーヴェンは15歳の少年でボンに住んでいました。少年ベートーヴェンは「歓喜に寄す」に描かれた世界に共感し、これに作曲してみたいと思ったのかもしれません。
 けれども、実際にベートーヴェンがこの詩を題材に作曲を、それも交響曲を作ろうと考えたのはずっと後のことのようです。1817年、つまりベートーヴェンがシラーの詩を知ったであろう時からおよそ30年ほどたって、ベートーヴェンは、ロンドン・フィルハーモニー協会から2曲の交響曲の作曲依頼を受けます。色々あってそれから5年後に同協会は改めてベートーヴェンに依頼をしていますが、おそらくこの時に、彼は、純粋に器楽だけの交響曲と、声楽を用いた交響曲という2曲のプランを立てたようです。結局、ベートーヴェンはこの2つの交響曲を1つの作品にすることに考え直し、終楽章にシラーの「歓喜に寄す」を用いることにしたのでした(ただし、シラーの詩はそのまま使われたわけではなく、全24章のうち9章が選ばれています)。
 1824年5月7日、この音楽史上かつてないスケールとアイデアを持った型破りの交響曲は、ウィーンのケルントナートーア劇場で、ベートーヴェン自身の指揮によって初演を迎えることになります。ただしこの時、ベートーヴェンはすでに耳がまったく聴こえなかったため、実際の指揮は宮廷劇場楽長のウムラウフが行い、ベートーヴェンはその横で各楽章の出だしを指示していました。独唱は、H.ゾンターク(ソプラノ)、K.ウンガー(アルト)、A.ハイツィンガー(テノール)、J.ザイベルト(バス)。オーケストラ編成は、ヴァイオリン24、ヴィオラ10、チェロとコントラバス12、管楽器はスコア指定の2倍。合唱は、各パートが20~24人で構成され、またソプラノとアルト声部は少年合唱が受け持ちました。最終楽章が終わった時、爆発的な拍手喝かっ采さいが起こります。ところが、耳の聴こえないベートーヴェンは人々の喝采に気づかずに背を向けたまま。アルト独唱のカロリーネ・ウンガーが彼の手をそっと取って聴衆の方へ体を向けてあげて、初めて彼にも、帽子やハンカチを振って歓呼の声を上げる聴衆の熱狂がわかった、というエピソードが残されています。

第1楽章
アレグロ、マ・ノン・トロッポ、ウン・ポーコ・マエストーソ ニ短調 ホルンを伴った弦楽器によるトレモロで、この交響曲は神秘的に始まります。壮大でありながら、どこか苦悩に満ちた表情を持った重々しい楽章。
第2楽章
モルト・ヴィヴァーチェ ニ短調 本来はここはゆっくりとした楽章になるべきですが、ベートーヴェンはここにスケルツォを置きました。ワーグナーはこの楽章を「あたかも絶望に追い立てられて絶望をのがれ、たえまなく休みない努力のうちに新たな道の幸福を追い掴つかもうとしているかのごとくである」と表現しています。
第3楽章
アダージョ・モルト・カンタービレ 変ロ長調 清らかな愛情に満ちた、天国的な美しさを持つ楽章。
第4楽章
プレスト ニ短調 アレグロ・アッサイ ニ長調 オーケストラによる序奏の中から有名な「歓喜の主題」が登場。まずバリトンの独唱が「おお友よ、この調べではない。もっと心地よく、もっと喜びに満ちたものに声を合わせよう」という、ベートーヴェン自身が書いた1句を歌います。そして、「もっと心地よく、喜びに満ちたもの」として、シラーの詩による「歓喜の主題」が合唱によって歌われていきます。

(室田 尚子 むろた なおこ・音楽学)

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