News

6月23、24日公演のHKグルーバー「フランケンシュタイン!!」で共演するバリトン歌手の宮本益光さんから、5月に作曲家グルーバー氏のウィーンの自宅に訪れたレポートをご寄稿いただきました。
 
◇    ◇    ◇    ◇    ◇
 
「フランケンシュタイン!!」とは日常に潜む非日常への誘い、または喚起。
そして、驚きの創造!!
取材・文: 宮本益光 2012年5月3日(木) ウィーンにて
 
2clip_image002.jpg  HKグルーバーさんとの出会いは、濃厚かつ刺激的なものでした。そもそも「フランケンシュタイン!!」という作品が、すでに刺激的なのですが…。
 初対面  にもかかわらず、十年来の友人のように人懐こい笑顔で迎え入れてくれたグルーバー さん。着くなり「それでは最初から説明していこう」と、なんと無伴奏で歌い始めました。しかも一切の遠慮?もなく、とにかくCDで何度も聴いたあの声、あの歌、あの表現を、閑静な住宅街に響かせるのでした。
 約30分の作品を、説明を交えながら1時間半以上、ノンストップで説明してくださいました。
 
 「発語は誇張して…絵画的に。たとえばrはrrrrr…..と。出来るか? 巻き舌?」
 得意の巻き舌を「rrrrrrr…..」といつもより多めに披露したら、どうもそれがとてもお気に入りのご様子で「信じられない! 素晴らしい!」と連発していました(オペラ歌手ですから簡単です)。
 とにかく絵画的というよりも劇画的に誇張される発音はそれ自体が音楽で、そう考えるとオーケストレーションや突発的、変則的(形式にと  らわれないという意味)なサウンドも、グルーバーさんの想いが劇画的誇張によって表された結果であると頷けるのでした。
 指導は、歌い方、表現の理由、ジェスチャーの方法、オーケストラへの様々な指示、マイクの使い方、「○秒動くな」「ここで笑って、こっちでは笑わずに」のような具体的なもの、それから指揮法まですべて実演付きで行われました。
 正直、伝授されたといっても過言ではありません。
 「マスミツゥーには、コメディアンの才能がある!」と言われたときには苦笑いしましたが、確かにグルーバーさん本人がコメディアンのような方でした。
 
 「フランケンシュタイン!!」の依頼が来たとき、どうして声楽家の自分がこれをやるのか…まずそれが大きな問題でした。マイクを用いることが楽譜に書かれていますし、なにより声楽的な発声をほとんど必要としないからです。
IMG_3636.JPG しかし何度も聴くにつれ、この音楽的な遊び、ユーモアが、高度な音楽的能力によって支えられることを感じました。またそのアカデミックな教育をあざ笑うかのように、プレイヤーを遊ばせるグルーバーさんの作品にどんどん魅せられ、ついには声楽家としての可能性を見出すに至ったのです。
 
 それを彼に伝えると、彼はわが意を得たりと言わんばかりにニヤリとし、だからこそ「フランケンシュタイン!!」に「!!」がついているのだ…と説明を続けるのでした。
 彼は政治にも強い関心を持っていて(それは自分の弱い部分でもありますが)、歴史と政治、現政党と自分の支持する政党の話などを口にし始めました。正直言って、そんな話になると自分の語学力では限界があるので全てを理解したとは言い難いのですが、彼が言いたかったことをまとめてみたいと思います。
 
  …たとえばフランケンシュタインのような非日常的な怪物は、日常の陰にこそ潜んでいて、私たちはしばしばそれを忘れてしまいがちである。しかし大きな出来事と言うものは突然、予告なしにやってくるもので(彼はここで福島の話を引用しました)、その瞬間、非日常は日常へと豹変するのだ。
 つまり「フランケンシュタイン!!」とは日常に潜む非日常への誘い、または喚起でもあり、それは常に驚きに満ちたものでなくてはならない。
 しかしそれらの意味を全ての人々が理解するためにこの作品があるわけではなく、たとえば子どもたちはただ楽しめばよいのだ。ただ一部の人が、ニヤニヤしながら聴いている大人たちを横目に、アルトマン(この作品の詩人です)の警告にも似た思想にドキリとすればよいのである…
 
  さっきまでの子どものような顔から一変し、言葉を一つ一つ丁寧に選びながらグルーバーさんは説明してくれました。
 
 とにもかくにも、グルーバーさんは日本で「フランケンシュタイン!!」が演奏されることをとても喜んでいて、会ったばかりの僕に徹底して全てをさらけ出してくださいました。
 仕事場にも案内してくださいましたが、いまは新しいオペラを作曲中で、おびただしい数の楽譜に囲まれていました。彼は手書きで作曲をするようですが、「小節線を書くだけでも一苦労だ」と、丁寧に書かれた新作を惜しげもなく見せてくださいました(そのまま演奏可能なほど美しい楽譜でした)。
 
__.JPG グルーバーさんの言葉とサインが書かれた僕の楽譜は、まるで急に命を得たようです。
 そんなことを本気で信じたくなるほど、刺激的すぎる数時間でした!!
 
 「フランケンシュタイン!!」への挑戦は、声楽家として自分の声の可能性を探ることであり、オペラ歌手としての表現力をさらに引き出すことであり、そしてクラシック音楽というある種の幻影に潜む怪物、まさにフランケンシュタインとの邂逅…つまりは「驚き」の創造である!!
 
 そんな公演になるといいな…と、気持ちを新たに、だけど気楽に、ついさっき間近で聴いたグルーバーさんのメロディーを口ずさむのでした。