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常任指揮者シルヴァン・カンブルランのドイツ・シュトゥットガルトでの活動を、ドイツ在住の音楽ジャーナリストの来住千保美さんにレポートいただきました(写真上2枚(C)A.T.Schaefer/下1枚(C)KCMC)。
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カンブルラン、世界初演オペラを指揮。
シュトゥットガルト・オペラ委嘱作品《wunderzaichen》(奇跡のしるし)
 
 読響常任指揮者カンブランはシュトゥットガルト・オペラ音楽総監督を兼任する。同オペラが3月2日、彼の指揮でマルク・アンドレ作曲のオペラ≪wunderzaichen(ヴンダーツァイヘン、筆者訳:奇跡のしるし)≫を世界初演した。アンドレは同オペラ専属ドラマトゥルクのパトリック・ハーンと共同でテキストも手がけた。
 アンドレ(1964年パリ生まれ)はドイツで数々の奨学金を受け、作曲家ラッヘンマンに師事した。彼の仕事は近年非常に注目されており、シュトゥットガルト・オペラ前支配人プールマンがアンドレにオペラ作曲を委嘱していた。11年秋から同オペラ支配人を務めるヴィーラーが引き継ぎ、エルンスト・フォン・ジーメンス音楽財団などの支援のもとに世界初演初日を迎えた。
 
27166_001_wunderzaichen_hpo_50__c_a_t_schaefer.jpg 作品は1522年、シュトゥットガルトに没した人文主義者ヨハネス・ロイヒリンに題材を得た。題名はロイヒリンについて言及したゲーテの言葉にちなんでいる。
 ストーリーを簡単に説明しよう。ヘブライ学者ヨハネス(歌がなく、役者が演じる)は約束の地イスラエルの空港に降り立つ。入国審査で名前を呼ばれたヨハネスは実存の危機に陥る 。ヨハネスは心臓移植を受けていた。ヨハネスは取り調べ室で出会った女マリアと共に入国を拒否される。マリアと食事中に  ヨハネスの心臓は止まる。精神は肉体から遊離、ヨハネスは『境界』で世界を観察、哲学的考察にふける。マリアとの会話を望むが彼女に拒絶される。空港に はヨハネスに搭乗を促すアナウンス が流れる。
 音楽はピアニシモを特徴とした実験的な響きに満ちている(電子音楽協力:SWR実験スタジオ)。観客はステージの出来事以上に、かすかな音、音のうつろいに耳を澄ます。観客の一人一人が主体的に音をつかみとろうとする姿勢を肌で感じたが、これは稀な体験だ。カーテンコールでステージに現われたカンブルランは割れるような大拍手で迎えられた。
 
27239_013_wunderzaichen_hpk_501__c_a_t_schaefer.jpg オペラと現代音楽指揮で評価の高いカンブルランがドイツ・ムジークテアターのメッカ、シュトゥットガルト・オペラが委嘱した作品の世界初演を指揮、ヴィーラー(同オペラ支配人)とモラビト(同ドラマトゥルク部長)の共同演出、この2人と20年来共同作業を続けるフィーブロックの美術と衣裳、マリア役にはソプラノのバラインスキィというムジークテアター界のスターが揃い、この世界初演は大変注目されていた。初日公演の切符は売り切れ、劇場は上演前から大いに盛り上がった。上演前の劇場フォワイエでの作品説明会には観客が早々にかけつけ、用意された椅子では足りず、立っていた人を含むと500人ほどが集まった。アンドレと共にイスラエルを旅し、音を蒐集したハーンが作品を説明、詳細で情熱的な話にみな熱心に聞き入っていた。
 ちなみにシュトゥットガルトはドイツ南西部バーデン=ヴュルテンベルク州の州都で、メルセデスやポルシェ、ボッシュが本拠を置く。この州はドイツで特許取得者の数が最も多く、進取の精神にあふれ、未知のものへの興味と好奇心が高い。これは芸術への関心にもあらわれている。
 
IMG_1319(C)KCMC.JPG 公演初日にはドイツ劇場協会会長ツェーライン(元シュトゥットガルト・オペラ支配人)、指揮者ツァグロゼク(元シュトゥットガルト・オペラ音楽総監督)、ケルン・フィルハルモニー支配人ランゲフォールト(元ハンブルク・オペラ支配人)、ニケ・ワーグナー(ワーグナーの曾孫でリストの曾々孫、ボン・ベートーヴェン・フェスト支配人)等々、オペラ・オーケストラ関係者、そしてドイツ内外から50人以上の著名批評家やジャーナリストが集まった。公演後フォワイエでのパーティーは大変な賑わいで、関係者や一般の観客が入り混じり、ディスカッションや情報交換が続いた。
 
 初日公演後、ドイツの有力全国日刊紙をはじめ続々と批評記事が出ているが、作品については意見が分かれている。しかし指揮者とオーケストラ、歌手、コーラス、演出には大変好意的だ。
 
 ところで、これまでシュトゥットガルト・オペラではモルティエをよく見かけた。カンブルランの盟友モルティエは20世紀後半以降のムジークテアター界の最重要人物の一人だ。彼が闘病中であることは周知だったが、世界初演の場にモルティエの姿がないことに一抹の寂しさを覚えた。この初日から一週間後、モルティエの訃報が届いた。モルティエの大きな功績を称え冥福を祈りたい。
来住千保美(音楽ジャーナリスト/在ドイツ)