News

2月10日(木)19時からサントリーホール202202081.jpgにて《特別演奏会》を開催します。突如2024年末での引退を宣言した井上道義の指揮で、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番(独奏:服部百音)と交響曲第5番を演奏します。マエストロ道義は、以前から「ショスタコーヴィチの5番は予定調和の音楽で好かない」と公言していました。しかし、昨年10月に読響とショスタコーヴィチの交響曲第9番を演奏した後、「もし5番を演奏するなら、読響と」とおっしゃいました。そんな経緯もあり、今回の企画が実現。5番についての思いをたっぷりとお話しいただきました。

    ◇   ◇   ◇   ◇

僕が中学生の時、とあるコンサートでショスタコーヴィチの5番のひどい演奏を聴いたことで、この作品を嫌いになってしまった。加えて、5番には「革命」とか「社会主義的か否か」などの政治的なレッテルが色々貼られていたのも、毛嫌いした要因の一つだね。その後、僕も長年にわたりショスタコーヴィチ作品の指揮を続け、また20年ほど前から自ら作曲を行うようになり、5番の本質がやっと見えたわけ。この5番は、ベートーヴェンの交響曲第5番と同様に、極めて抽象的なシンフォニーだと。ショスタコーヴィチは4番で思い切り彼の前衛的な作曲技法や才能をぶちまけた後に、がらっと変えてきた。ベートーヴェンの9番「合唱付き」と同じく、「交響曲を、一部の人だけでなく、誰でも分かるものに」という様な態度で構築した。このことを僕は、ようやく理解できるようになったようだ。「社会主義や共産主義など政治とのかかわり」ではなく、古典的なシンフォニーなのだと。「なんだ、当たり前じゃないか」とか言わないでください。当たり前を全部疑う面倒な性格なんですよ。

少し深追いすると、ショスタコーヴィチは、その頃新妻ニーナとは別の女性に恋をしていた。しかし、その女性は紆余曲折の後スペインで、映画監督のロマン・カルメンと結婚してしまう。それで、5番にビゼー「カルメン」のハバネラの「ラムール~ラームール」のオクターブ音型を連想、作曲の動機としたようだ。このように彼は身の回りの題材を糧としているが、この曲は私小説的作品ではない。かつて私に武満徹さんが「何かきっかけがないと作曲はできない」と言ったのと同じことだと思う。最近自分でも作曲をするので、それが分かる。作曲をしている時間が昼なのか夜なのか、何処なのか、という諸々なことが大きく影響すると。ショスタコーヴィチはそんな個人的なモティーフをきっかけにしながら、それを交響曲という形式を用いて真っ当な作品に見事に結晶させた。だからこそ今、この作品が多くの人々に理解しやすく感じられるわけかも。僕も今は、この曲を嫌いだと思っていた理由が融解し、一から「これだ」と思う方法で指揮できているつもりだ。5番の演奏、今回を生涯最後の演奏にするつもり。

特に終楽章のテンポについて、私の考えを・・・。8小節目からのアッチェルランドは、スコアにあるように43小節かけて徐々にすべき。そして最後の324小節からのテンポについても確信を持って演奏する。どんなテンポか? 聴きにくれば分かるよ(笑)。3と8ってインクが滲むとわからなくなるもんだ!

    ◇   ◇   ◇   ◇

チケットは、読響チケットセンター 0570-00-4390(10時~18時)、及び 読響チケットWEB で発売中。
当日券は、18時から販売します。学生券(2,000円/25歳以下/要学生証)の整理券も18時から配布します。皆様のご来場、お待ちしております。