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230112 - コピー - コピー.jpg明日13日(金)と15日(日)、山田和樹が黛敏郎の「曼荼羅交響曲」とマーラーの交響曲第6番「悲劇的」を指揮します。リハーサルを終えた山田マエストロに今回のプログラムの聴きどころなどを伺いました。

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明日と15日公演のリハーサルを終えた今の気持ちは?

僕は曲についてある程度、設計図を持ってリハーサルに臨み、それを読響と一緒に練っていくわけですが、僕が考えていた設計図を遥かに凌ぐものができてしまうのです。こんなに充実したリハーサルが行えて、幸せに思います。その場その場の音楽のキャッチボールで、曲がどんどんと仕上がっていきます。先週末の「マンフレッド」の時もそうでした。作品の勉強はとてもとても大変ですが、良い経験をさせてもらっています。

黛さんの「曼荼羅交響曲」とマーラーの「悲劇的」の組み合わせについて、テーマなどはあるのでしょうか?

黛さんとマーラー、プログラム的なテーマを言うなら「アンチ・キリスト」と「絶望」ですね。マーラーは幸せな時期に、無いものねだりとして絶望の音楽を書いたのではないでしょうか。幸せな時期だからこそ、客観的に絶望を見つめることができた。逆に現実が絶望的だと、希望を見たくなるという人間の矛盾したところが音楽で表されているのかも知れません。これは先日のプログラムの「マンフレッド」や来週の「アルプス交響曲」にも繋がるところです。一方、黛さんや矢代さんは、絶望と希望を対比的に捉えるのではなく、一つの輪の中に入れて「あるがまま」に受け容れようとしています。今回のプログラムは、黛作品とマーラー作品で、それらが中和されるのが面白いと思います。それは、矢代とR.シュトラウスでも同じ関係です。全部行きつくところはインド。マーラーも東洋思想などに影響を受け、自らの名前の発音のサンスクリット語のマーラ(煩悩の化身)の意味も知っていたはず。今回の黛さんの曼荼羅とマーラー6番は、これ以上ない組み合わせに思います。「何かの境地」に達した音楽。マーラー6番は、彼の直弟子もあまり取り上げなかったことからも、特別な曲なのだと思います。

「マンフレッド」から「曼荼羅」と「悲劇的」、そして「アルプス交響曲」に繋がっているのですね?

今回の読響との3つのプログラムは、私の中でひと続きのもの。一つの大きなストーリーのよう。そして不思議なことに、一つ目のプログラムで共演したポゴレリッチさんの音楽に影響を受け、僕も読響のメンバーも今回の二つ目のプログラムに向かっている繋がりも感じます。僕にとって、マーラー6番を振るのは今回が2回目。1回目は無我夢中で取り組んだのですが、今回はちょっと距離を置いて見えていると感じています。ポゴレリッチさんの音楽の見方にも助けられています。周りの情報に惑わされずに、ただ音符と向き合うことに専念するだけなのです。

最後に、お客様にメッセージを。

マーラー6番は、カウベルやハンマーなど多様な打楽器や華麗なオーケストレーションに注目しがちですが、マーラーの美しく瑞々しい“うた”の部分を聴いていただきたい。特にアンダンテ楽章は、今の僕と読響だけしかできない最高のものになるのではと期待しています。これもポゴレリッチさんの音楽の効果かもしれません(笑)

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当日券は、両日とも開演1時間前から発売します。皆様のご来場をお待ちしております。

第659回名曲シリーズ

2023年1月13日〈金〉 サントリーホール

指揮=山田和樹

黛敏郎:曼荼羅交響曲
マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

第7回川崎マチネーシリーズ

2023年1月15日〈日〉 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮=山田和樹

黛敏郎:曼荼羅交響曲
マーラー:交響曲第6番「悲劇的」