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読売日本交響楽団・名誉指揮者のテミルカーノフ1.jpgユーリ・テミルカーノフ氏が死去されました。84歳でした。

1938年、旧ソ連(現ロシア)・北コーカサス地方のナルチク生まれ。9歳から音楽を学び始め、13歳でレニングラード(現サンクトペテルブルク)音楽院に入学。卒業後の66年に全ソ連指揮者コンクールで優勝したことがきっかけとなりレニングラード・フィルでムラヴィンスキーのアシスタントに任命され、指揮者として歩み始めました。その後はレニングラード響の首席指揮者(68~76年)、キーロフ劇場(現マリインスキー劇場)の音楽監督(76~88年)などを歴任。88年からはサンクトペテルブルク・フィル(旧レニングラード・フィル)の音楽監督の地位にあり、ロシア音楽界の頂点に君臨し続けました。ロシア以外では、ロンドンのロイヤル・フィル(首席指揮者、92~98年)、ドレスデン・フィル(首席客演指揮者、92~97年)、デンマーク国立放送響(首席客演指揮者、98~2008年)、ボルティモア響(音楽監督、00~06年)などで要職を務めたほか、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロンドン響、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、ニューヨーク・フィル、シカゴ響などへ客演。2015年春の叙勲で、日本・ロシア間の音楽を通じた交流及び相互理解の促進に寄与したとして、旭日中綬章を受章しました。

読響とは2000年の初登場以来共演を重ね、2015年6月から読響の名誉指揮者になりました。テミルカーノフ氏の
厳しくも温かな指揮の下、数々の名演奏を残してきました。

最後の来日は19年10月。9日の《第592回定期演奏会》では、ショスタコーヴィチの交響曲第13番「バビ・ヤール」などで渾身の演奏で絶賛されたほか、14日《第115回みなとみらいホリデー名曲シリーズ》と15日《第626回名曲シリーズ》ではチャイコフスキーの交響曲第5番などで力強いサウンドを響かせました。最後のプログラムは、19日と20日の《第221回土曜・日曜マチネーシリーズ》。ブラームスの交響曲第2番などを指揮し、会場から大きな拍手を受けました。20日の公演が、読響との最後の演奏になりました。

ここに、生前の氏の多大なる貢献に対し、心から感謝を捧げ、哀悼の意を表します。