第105回東京芸術劇場 マチネーシリーズ

2008年11月16日(日) 14:00開演

会場:東京芸術劇場

指揮:下野竜也

◆スメタナ/連作交響詩「わが祖国」全曲

下野 竜也 (Tatsuya Shimono)

 楽員みんなのフルネームをよく覚えたな。
そう感心したコンサートが、5月の «芸劇マチネーシリーズ» だった。第100回記念のガラ・コンサートだったが、その盛りだくさんなこと!
 オーケストラの各楽器パートがそれぞれ、自分たちの楽器を紹介し、その後1曲ずつ披露した。ソロで演奏する人がいるかと思うと数人のアンサンブルで登場したり、また各弦楽器は集団で演奏したりする。
 個々のメンバーの力量と妙技が、余すところなく発揮された楽しいプログラムだったが、コンサートの企画者は指揮した下野自身だった。
 マイクを手にしてのメンバーとの会話も面白かったし、曲紹介を導くまでのコメントもユーモアが効いていた。
 中でも筆者にとって圧巻だったのは、メーンで演奏する人すべてをフルネームで呼び上げたことだった。小学校の先生であれば、生徒の名前を一人一人意識して覚えて、呼び上げてみせるのも不思議でないが、これがオーケストラの正指揮者となるといささか例が見つかりそうもない。 
 小学校のクラスでいえば2クラスか3クラス分の人数となる楽員さんたち。食事からトイレ、電車の中、寝るときまで、きっと、それぞれの楽員の顔と名前を頭の中で反復してみたのかな、と想像したくなってくるほどだ。
 そのように、指揮者と楽員との信頼関係が音楽へと結晶したような曲を今月の «芸劇マチネー» で指揮する。
75分にわたってボヘミアの自然や歴史をドラマチックに描写した長大な交響詩〈わが祖国〉には、オーケストラの各楽器が存分に活躍できそうな6章からなるストーリーが展開する。
 オーケストラとの絆きずなをより強く深いものにしようとしている下野竜也の目配りと、楽員一人一人の技量に裏打ちされた表現力と力量を見せるには格好の曲だろう。多様な下野の表現意欲が余すところなく輝き出しそうだ。(Y.K.)

スメタナ:連作交響詩〈わが祖国〉

作 曲:1874-79年
初 演:1882年11月5日、プラハ

 チェコの国家的イベントであり、今日も世界中から聴衆が集う「プラハの春」音楽祭は、毎年スメタナの命日である5月12日に、スメタナ・ホールにおいて開幕します。そしていつも決まってその初日を飾る曲、それが交響詩〈わが祖国〉です。チェコの、プラハの人々にとって、スメタナがいかに大きな象徴的存在であるかがわかるというものです。
 チェコ国民楽派の父、スメタナ(1824-84)の活動は、オーストリアの圧政に立ち向かい、チェコ民族の自立と文化の復興を勝ち取ろうとする民族運動の高まりとともにありました。1848年のプラハ動乱に義勇軍として参加したスメタナは、圧政が緩和された1860年代から、国民音楽創造の先頭に立ち、多彩な活動を展開してゆきます。一方、彼の晩年は悲惨なもので、梅毒感染から聴覚に異常をきたし、最期は精神錯乱の中で死に到りました。
 しかし、聴覚を失い、歌劇場の指揮者の地位も失うという苦境においても、スメタナの作曲の筆がとまることはなく、それどころかいくつもの傑作さえ生まれています。なかでも交響詩〈わが祖国〉と弦楽四重奏曲第1番〈わが生涯から〉は、彼の不屈の魂の叫びとも言うべき渾身の名作であり、代表作として広く知られることになりました。
 スメタナの耳が全く聞こえなくなったのは1874年10月、〈わが祖国〉の第1曲がまもなく仕上がるという時でした。〈わが生涯から〉(1876)は、「私の人生の思い出と完全な失聴というカタストロフを描いた」自伝的性格をもつ作品で、終楽章では不吉な耳鳴りの音が劇的に描かれています。それはもう、骨の髄まで作曲家であった彼の、プロ根性としか言いようのないものでしょう。音楽家が耳を痛めたり、画家が目を痛めたりというのは、過去に何人も例のあることで、その原因はさまざまですが、一概に偶然の悲運とばかりは言えないでしょう。それは、アスリートの疲労骨折のような職業病的なもの、つまり特定の機能の酷使が潜在的要因になっていると思われます。そして作曲家の場合、実際の音が聞こえなくなるのは大きな痛手ですが、頭の中にある響きによって構築してゆく作業は可能であり、そのイメージの豊かさこそが表現の源となるのです。耳が聞こえなくなったから作曲ができないなどという単純な話では、決してないわけです。
 スメタナは、〈わが祖国〉において民族の歴史と自然を描き、〈わが生涯から〉において自分のこれまでの人生を描き、それによって彼が生きたことのすべての証しを刻もうとしたのかもしれません。6曲から成る交響詩〈わが祖国〉は、6年の年月をかけて完成され、プラハ市に献呈されました。祖国チェコへの深い愛、その思いの丈が込められた胸にせまる名曲です。各曲には、スメタナ自身による長い文章が記されています(以下は大意)。

第1曲 ヴィシェフラト(高い城)
 これはモルダウ東岸にある山の名前。中世チェコの最古の王朝プシェミスルの城があったとされる名所。「伝説の吟遊詩人ミールの竪琴の響きとともに、いにしえのヴィシェフラトの栄光と勝利、闘争と没落の歴史の情景が浮かびあがる。そしてまた、廃墟から追憶の竪琴がこだまする」この曲の力強い中心主題は、全6曲を統一する重要な役割を担う。

第2曲 ヴルタヴァ(モルダウ)
 プラハを流れるモルダウ川の姿を詩情豊かに描いた、最も親しまれている名曲。「ボヘミアの森の奥に2つの水源があり、それが合流して川幅を広げてゆく。河岸では狩りの角笛や田舎の祭りの音が響き、夜には月光がきらめき、妖精が舞う。やがて流れは聖ヨハネの急流となってプラハに流れ込み、古城ヴィシェフラトにあいさつしながら遠くに去ってゆく」

第3曲 シャールカ
 プラハ近郊の地名でもあるシャールカは、チェコ版アマゾネス伝説の女傑のこと。「シャールカは恋人に裏切られて以来、男への憎悪と復讐に燃えている。兵を率いたツィラートが木に縛られたシャールカに恋し、助けると、彼女は宴会を開いて兵たちを酔わせ、眠らせる。彼女の角笛を合図に仲間の女性軍が襲いかかり、ツィラート軍を皆殺しにする」

第4曲 ボヘミアの牧場と森から
 ボヘミアの美しい自然への讃歌であり、〈モルダウ〉に次いで親しまれている。「ボヘミアの風景を眺めた時、心に満ちる感情を描いた。牧場の森のいたる所から、楽しげな歌や寂しげな歌が聞こえてくる。ホルン独奏が森を描き、エルベの谷の肥沃な低地を陽気な主題がつつむ。聴き手は自分なりのイメージを描く自由がある」

第5曲 ターボル
 15世紀、プラハ大学学長フスは、堕落した教会を告発し、火刑に処せられたが、その教えはチェコ人の民族意識を高揚させることとなり、フス戦争が起こった。ターボルはそのフス団の拠点となった町である。「フス団の讃美歌〈汝らは神の戦士たれ〉が曲全体の中心となる。これはターボルの人々の勇気を奮い立たせ、信仰と不屈の精神の支えとなった」

第6曲 ブラニーク
 ボヘミアのこの深い山には、チェコ民族の救世の騎士が眠るという。「これは〈ターボル〉の続きである。フス団の戦士たちはブラニークの山にこもり、時が来るのを待った。讃美歌〈汝らは神の戦士たれ〉がここでも響き、この主題がチェコの栄光を象徴する。やがて勝利の讃美歌が行進して、戦闘は勝利を告げ、〈わが祖国〉のすべての終結となる」

(つかだ れいこ・音楽学)

読響チケットセンター

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